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FIFAサッカーW杯が閉幕した翌月、ブラジルで「もう一つのサッカーW杯」が開催されていた。
国際知的障がい者スポーツ連盟(INAS―FID)主催の、知的障がい者サッカーのW杯。サンパウロ州を舞台に、8月11日から23日まで熱戦が繰り広げられた。
そもそもこの競技に馴染みがある人は少ないだろう。日本国内の競技人口は4000人。日本代表クラスの選手のプレーは、フィジカルはもちろん戦術面でもレベルの高い健常者と何も変わらない。W杯もFIFAルールで行われる。
このW杯の歴史は1994年のオランダ大会から始まり、以来6回目を迎えた。今大会には8カ国が出場。2グループに分かれ、上位2カ国ずつが決勝トーナメントへ進む。
日本はブラジル、ドイツ、ポーランドと同組に入った。
日本の初戦の相手は、開催国ブラジル。雨でピッチコンディションが悪い中、個々の技術で勝る相手に、日本は中盤を支配される。それでもカウンターから相手のサイドをうまく使いチャンスメイク。しかしシュートに精度を欠き、なかなかゴールを奪えない。
前半終了間際、ついに日本のDFが耐え切れなくなりブラジルが先制。日本は1点ビハインドのまま前半を終える。
雨足がますます強まった後半。まずは同点に追いつきたい日本だが、開始早々逆に失点を喫してしまう。これで0―2。ベンチからは、ボールを奪われた後のカバーを徹底するよう指示が飛ぶ。
一進一退の攻防が続き、敗戦かと思われた試合終了直前、ドラマが待っていた。
後半41分、左サイドを突破したFW浦川優樹が、シュートをサイドネットに突き刺し1点を返す。すると勢いそのままに同43分、ゴール前の混戦からFW森山憂多がこぼれ球を執念でねじ込み同点。監督以下ベンチ全員がピッチ脇まで飛び出し、選手と抱き合い喜びを爆発させた。試合はこのまま終了。大事な初戦は2―2で引き分けた。
続く2戦目は欧州の強豪ポーランド。戦前の分析では、相手はフィジカルの強さを武器にロングボール主体のサッカーを仕掛けてくると予想。前半をどうにか持ちこたえ、後半相手の運動量が落ちたところで勝負に出る作戦で臨んだ。
しかし蓋を開けてみれば、ポーランドは細かいパスをつなぎ、ゴール前ではドリブルを仕掛けるテクニカルなサッカーを披露。日本は最後まで相手のペースに翻弄され、1-5で敗れた。
予選突破をかけた最終戦の相手はドイツ。前2試合で、ともに先制点を奪われていた日本だが、この日は攻撃陣が奮起。高い位置からボールを奪い、裏への飛び出しからサイドを起点に攻撃を組み立てる。日本が身上とするサッカーがはまり、7-0で大勝。
この結果、日本は1勝1分1敗でグループ2位となり、史上初めて予選リーグを突破。W杯2連覇中のサウジアラビアとの準決勝に駒を進めた。
しかし世界の壁は厚かった。試合を振り返り、キャプテンのDF野澤雄太が「中盤でパスを回され、チームとしてボールを奪うタイミングにずれがあった。また1人1人に焦りがあり、攻撃につながりがなかった」と総括したように、日本は試合巧者のサウジアラビアを相手にボールをキープされ、攻撃の糸口をつかめぬまま、守備の隙をつかれてゴール前まで押し込まれた。
前半、2本のPKを献上するなど3失点。後半は前線からより激しくプレスをかけ、途中交代で入った長身FW徳村雄登を攻撃のターゲットにするも、体力の消耗もあり1点が遠い。
試合終了間際に、FW浦川が意地の一発を叩き込むも、直後に無情のホイッスル。日本は決勝進出ならず、3位決定戦にまわった。
予選で敗れたポーランドとの再戦となった3位決定戦。日本は集中した立ち上がりを見せるも、この日ボランチとして出場したキャプテン野澤が前半のうちに負傷退場。代わりにキャプテンマークを巻いたMF山内康勝がチームを鼓舞するも、日本は攻守のつなぎ役を失い、健闘実らず0-2の敗戦。4位で大会を終えることとなった。
知的障がい者サッカーW杯ブラジル大会を制したのはサウジアラビア。3-2で南アフリカを下し、みごとに3連覇を達成した。
日本代表の小澤通晴監督は、「ベスト4の結果には満足。外国人と肌でぶつかり合えたのも大きい。しかし前から圧力がかかると、すぐにボールを失ってしまうのは課題」と大会を振り返り、「敗けた経験をモチベーションに成長してほしい」と選手に期待を込めた。
3位表彰されるポーランドを目の当たりにし、ブラジルで悔し涙を流した平均年齢20歳、最年少15歳の若き日本代表。次回W杯でトロフィーを掲げるために、また4年間彼らの戦いが続く。
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日本知的障害者サッカー連盟(JFFID)の天野直紀理事長によれば、2020年東京オリンピック・パラリンピックが決まり、日本での障害者スポーツに対する理解は向上しているそうだが、まだまだ低い。そのため選手たちは、学校の部活でチームに所属する間はプレーの機会が保障されるが、社会に出ると激減するという。
またJFFIDは日本サッカー協会傘下ではなく、活動予算も限られている。国からは年間700万円、パラリンピック連盟からも年間400万円が助成されているが、知的障がい者サッカーはパラリンピック正式種目ではない。やはり正式種目のほうが優遇されるのが実情だそうだ。
今回の日本代表のブラジル派遣も協会予算内ではまかなえず、スポンサー支援やユニホームを販売するなどして資金を集めた。それでも選手も含めて1人30万円を自己負担している。
日本代表だけでなく、草の根レベルで同競技全体に目を移せば、一番の課題は認知の低さだ。報道で取り上げられることはほとんどなく、競技対象者にすら存在が知られていない。
小澤監督は「潜在的な競技人口は本来何万人もいるはず」と語る。
協会では、各地域の指導者養成や、裾野を広げる競技普及活動を行っているが、まだまだ人的な援助が不足しているのが現状だ。
W杯ブラジル大会で日本はベスト4に名を連ねた。過去のすべての大会で、予選リーグを突破できなかったチームが大きく飛躍を遂げた。しかし、サッカーがうまくても、生活面での団体行動が苦手なためにサッカーに打ち込めない選手もいる。知的障がい者サッカーという名称を受け入れられずに、競技に参加しない人もいる。今後選手たちが胸を張ってサッカーに打ち込めるよう、競技の社会的地位をより高めなければならないだろう。同競技の理解と支援の輪が広がることが強く望まれている。
日本知的障がい者サッカー連盟のサイトを開いてみてほしい。
http://jffid.com/
【筆者紹介】
夏目祐介 YUSUKE NATSUME
1983年東京生まれ。早稲田大学、英国ローハンプトン大学院(スポーツ社会学)卒業。2009年ベネッセコーポレーション入社、2013年同退社。W杯のためすべてを捨ててブラジルへ。現在ブラジル邦字紙「サンパウロ新聞」記者。