ドラマ
大河ドラマ「光る君へ」では、第28回で彰子(見上愛)が一条天皇(塩野瑛久)の中宮となり、いよいよ、まひろ(吉高由里子)の出仕や「源氏物語」執筆の時が近づいている。一方、皇后の定子(高畑充希)は世を去った。定子と心の通じ合った女房・ききょう/清少納言を演じるファーストサマーウイカが、定子やまひろの魅力、高畑や吉高との共演模様について語った。
——定子を慕うききょうの気持ちに共感するところはありますか?
ファーストサマーウイカ(以下同):もちろんです! 昨年6月に京都にある定子様のお墓に行かせていただいたり、彼女に関するものを読んだりしてきましたが、25歳でこの世を去ったと思えないほど立派なお方だし、すごくおしゃれでもあって。残されたエピソードはわずかかもしれないけど、生きざまが素晴らしいと思いました。
そんな定子様を(高畑)充希さんがやる時点で、もう……。私はただただ“もらう”だけ。ただ素直にそこにいるだけで、定子様への感情やリアクションを引き出していただけました。あの目がすごくて。目を見ると、泣かなくていいところで何回も泣いちゃうんですよ。ボロボロボロボロ、わき出てくるぐらい。
一対一で見つめ合ってお芝居させていただくと、定子様以外の何者でもなかったです。そうでしかないという説得力がありました。それは充希さんの力がとても大きいと思います。定子様と充希さんのコラボというか、合わさって成り立つものだなというふうに、毎回ひしひしと感じていました。
——第15回の定子との初対面シーンのリアクションが素晴らしかったですね。
初対面シーンは、もはやお芝居というニュアンスではやっていないというか。だって本当におきれいなんですよ、定子様も一条天皇も。全身の力が抜けるようでした。音にするなら「ふぇぇぇーー」。皆さん、お2人を目の前にしたら絶対そうなりますよ! 「定子様VR」とか「登華殿VR」とかNHKさんに作ってもらいたい。体験したら分かります!
「定子である」って発せられた時、わーっと覇気が来るんですよ。風が来る。1年前に定子様のお墓に向き合った時も、さっと風が吹いた、あれと同じだと思いました。「定子である」で、うわっと風が来て、ふぇー。これ文字にできますかね?(笑)
——「枕草子」が誕生した第21回の撮影に臨んだ時の心境を聞かせてください。
あの回は「枕草子」の始まりでもあるけれど、それは定子様を取り巻く中関白家の、没落という言い方は嫌ですが、どんどん元気がなくなっていく流れとも関わっていますので、すごく複雑な気持ちではありました。
それまで、ききょうは物語の中で、ちょっと異端であり、変わり者でもありますし、ある種浮いた存在といいますか、そういうキャラクターだったところ、たった一人のために「枕草子」を書き始めました。彼女の人生の中でもきっと本当に一番の使命というか、命がけで書き始めたものだと思ったので、その緊張感がありました。演者の私はこれが1000年後まで人々を魅了するものになることを知っているわけなので、そのプレッシャーも抱えての撮影でしたね。
ただ、ききょうとしては、筆を執っているその瞬間は“覚悟”しているわけじゃないんです。なんとか定子様に笑ってもらおう、何か面白いこと、くすりとすることとか、わーっと気が紛れるものを書けたらいいなっていう気持ちですよね。だから、書きながら口角が上がっていたと思います。
——高畑さんが朗読する「春はあけぼの」を、ウイカさんはどんなシチュエーションで聴かれましたか?
「枕草子」の冒頭の朗読には紆余曲折ありまして。実は私も春から冬まで全部読んで、録音しているんです。原文と現代語訳の2パターン録りました。最初はききょうが読んだものを流すという構想で、原文か現代語訳かはもう少し検討という状況だったので。
でも、そろそろ編集が終わるという時期に、この回を担当された原英輔監督からマネージャーに電話がありまして、直接お話をさせてもらって「すみません、あのシーンは定子の読みでいきたいと思います」と知らせてくださったんですね。「ききょうは才気煥発で快活で、まひろを訪ねては一方的に話し続けるキャラクターだけど、そんな彼女が文字通り黙々と書いたものを定子に渡すのがいいのではないか。そして、あの冒頭は、定子が読んでいる最中の心の声で再生された方が、定子に伝わったことを表せるはずだと制作サイドで結論づけました」と。
私もそれを聞いた時に、その案は全く考え及んでいなかったんですが、「いや、それがいいと思います!」「それしかないですね!」と応えていました。試行錯誤の末こんな素晴らしい答えに、あのシーンにおけるベストな解に辿り着いたんだと思うと、電話口で鳥肌が立ちました。
早くそのシーンが見たいと思いながら第20回の放送を見て、そのまま次回予告を見ていた時に、「春はあけぼの」って流れたんですよ。2人が背中合わせに映ったところで「春は」が定子様で「あけぼの」が私の声だった。「春は」「あけぼの」ガッシャーンみたいなアニメ感。ひゃー、かっこいいと思って大興奮でした。ちょっとこれだけで本当にスピンオフを作ってくれないかなって思ったぐらい。
あの形に辿り着くまで、監督は相当悩まれたと思うんですけどね。原監督、同い年なんです、90年生まれの。同い年の監督に撮ってもらった、自分の看板というか代表作になる第21回ですから、やっぱり感慨深いものがありました。
——第28回では定子が亡くなりました。撮影にはどう臨みましたか?
私は涙を流そうと思って流すことはできないので、泣くなら泣くだけの燃料が必要になるんですが、その燃料は今回でいうと定子様の人生と、充希さんの演じる定子様のお芝居でした。
なんでこんな悲しい人生を歩まなければならなかったんだろうって。残された私の悲しさ寂しさとかどうでもよくて、なんでこんな人生を彼女は……、こんなに素晴らしい人なのにって。悔しさとか、やるせなさとか、そういうものが自分の中に込み上げてきて。そしてそれを全て背負った充希さんの佇まいを目の当たりにするともう溢れて仕方なかったです。それに尽きましたね。残されたお子たちもかわいそうですけど、やっぱりそれ以上に定子様が無念だろうと思って、撮影の時はずっとそういう思いでした。
——高畑さんとの撮影期間中の思い出を教えてください。
もちろん日々、たわいのない話をさせていただいたのも楽しかったんですが、定子様と重なるエピソードが2つありまして。1つは私が充希さんの誕生日にプレゼントした靴下の話です。
充希さんがその靴下をさりげなくリハに履いて来てくださったので、「履いてくださっているんですね」と声をかけたら「うん。『かわいいね』って褒めてもらえるよー」とおっしゃって。もう、この「うれしい。ありがとう」で終わらずに、“第三者の評価も良いですよ”という情報を一つ乗っけて、短いセンテンスでパッと届けてしまうところがね! うま~い、ステキ~、うれし~、ですよ。
普段から充希さんはチャーミングで愛くるしいんですけれどもさっぱりした方で、何かそういうところも定子様と重なります。
もう1つは、揚げパンの話です。ずっと気になっていて、いつも売り切れだったNHKのカフェテリアの揚げパンがある日、やっと買えまして。ところが、マネージャーさんも買っておいてくれたのでダブってしまったんですね。で、私の“揚げパン食べたい話”を聞いてくれていた充希さんにおすそ分けして。
すると翌日、私の楽屋に揚げパンが置いてあって。前日に食べたのはプレーン味で、置いてあったのは抹茶味でした。マネージャーさんかなと思ったら違うっていうので、「は! もしや定子様が……!」と思って充希さんのところに行ったら「ごめんね、2日連続で要らないと思ったんだけど」っておっしゃるじゃないですか。もうその、楽屋にそっと置く感じ、おっしゃれー!と思いましたよね。
そこでまた私は、定子様が清少納言に贈った山吹の花のエピソードを思い出しました。言葉でくどくど書かないおしゃれな振る舞いが定子様も充希さんも本当にすてきで、「充希様!」ってなりますよね。これにはちょっと本当に感動してしまって、私が今「枕草子」を書くなら「揚げパン」の章段は絶対に入ります。これ、結構いろんなところで話していますけど、いいんです。このエピソードは一生こすります!
——第29回では、まひろが「枕草子」を読んで、定子の「影の部分も知りたい」と意見します。ウイカさんはどう思いますか?
まひろ様の言うことも分かるんですけど、このドラマは、「枕草子」は定子様を元気づけるために書かれたという説を採っているので、だとしたら、影とか悲しいことを書くっていうのは当初の目的からはそれてしまうかなと思います。
定子様のことは、どれだけ悲しい思いをされたのか、どれだけ歯をくいしばってこられたのか、私(ききょう)は知っているけれども、彼女がそれを一条天皇や兄弟の前でぐっとこらえて見せなかったのなら、なぜそれを私が書き残して世に広めたりするんだ、そんなことするわけがないだろっ!て、そういう気持ちですね。定子様がやってきたことを、彼女の精神を、「枕草子」はそのまま受け継いだとも取れるなというふうに自分は解釈しました。
充希さんも、そういうふうに常々演じられていました。目の奥の方で、たまに見える本心だったり揺らぎだったりがあって。それを見た、気づいたといって書き残したりするのは野暮というものですよね。
——「光る君へ」の世界では、まひろとききょうは友人に。ききょうはまひろのどんなところに魅力を感じていると思いますか?
ききょうは自分のできること、できないこと、得手、不得手は正しく認識していると思うんです。だから、自分にないものをまひろが持っていることに、出会ってすぐに気づいたと思います。感性や物事の考え方は結構、真逆なんだけど、S極とN極だから引き合うようなところはあるんじゃないですかね。陰と陽というか、私は柔と剛というふうに最近は解釈していますけど。
そして自分の言うことを大抵の人間が理解できないなかで、まひろなら分かるとききょうは思っているでしょうね。ききょうにしたら“選んだ”というか、自分に釣り合う友達を見つけた感覚なのかもしれない。まひろのことはある種、尊敬もしていて、ずっと仲間でいてほしいから、こんなに足しげく通い続けているんだと思います。外から見ると2人は、博識で、自分の可能性を広い世界で試そうと行動力に溢れている部分は、とても似ているんですけどね。
まあ、「紫式部日記」での悪口が現代まで残っている以上、2人の関係性は変わっていってしまうのかもしれませんが、できたら最後まで友達のままでいたいです。
——吉高さんとの共演の感想を聞かせてください。
吉高さんと充希さんという、同年代の二大天才とサシでお芝居をさせていただくっていうのは、この上ない贅沢で。若い頃からこの世代の星であり続ける大天才を前に私が一方的にしゃべるみたいなお芝居をさせていただくってとても貴重な経験ですし、そこで圧を全く感じさせず、全て受け止めて、予測のつかない返し方をされるお2人が本当に……。圧倒的だと思います、お2人とも。
由里子さんとのシーンでは、ききょうが「まひろ様ってすごいこと考えるのね」と驚くお芝居に、私が「吉高さん、すごいです」と思う気持ちが嘘なく乗るのが、ありがたいですね。常に新鮮で、ワクワクさせてくださる表現に乗っからせてもらって、引っ張ってもらっています。
でも、由里子さんは言うんですよ。(モノマネで)「私ねー、(共演陣の芝居を)受けてるばっかりだから」みたいな感じで言うんですよ。それが最高です。(再びモノマネで)「飲みに行こーよ!」って言ってくれるし、誰にでも分け隔てなく接してくれる本当にすばらしい座長です。
取材・文/赤坂麻実
(放送情報)
大河ドラマ「光る君へ」
NHK総合 毎週㊐後8時~8時45分
BS 後6時~/BSP4K 後0時15分~、後6時~