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W杯 special report
sports writer夏目祐介

準備すべきだった「自分たちのサッカープランB」―コロンビア戦マッチレポート

 ブラジル中世部のマットグロッソ州にあるクイアバ。タクシーの運転手が「ここにはビーチもないし、普段はブラジル人でも観光にはほとんど来ない」と話したその街は、日本人にとっては忘れられない地名となったかもしれない。
 サッカー日本代表は6月24日、クイアバのアレーナ・パンタナルで、W杯ブラジル大会予選グループの最終戦に臨みコロンビアと対戦。決勝トーナメント進出には勝利が必須だったが、結果は1-4の完敗。これを受け、予選3試合通算1分2敗でグループ最下位。大会からの敗退が決まった。
 すでにグループリーグ突破を決め、前の試合から8人の先発メンバーを入れ替えたコロンビアに対し、日本は試合開始早々から攻め立てる。前半、不用意にもDF今野泰幸がPKを与え先制されるも、ロスタイムにFW岡崎慎二がヘディングでゴールネットを揺らし同点。
 勢いそのままに、後半逆転をねらった日本だったが、逆にペースを掴んだのはコロンビア。後半開始から交代出場したMFハイメ・ロドリゲスを経由することで攻撃パターンが明確になり、逆に3点を追加され万事休すとなった。

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 日本代表が予選敗退し、思い出されるのはTV Station第13回でジーコ氏が語った2つの提言。「決勝トーナメント進出可否は初戦次第」、そして「日本の欠点は、失点すると精神的に浮き足立ってしまう」ということだ。
 初戦のコートジボワール戦。前半MF本田圭祐のゴールで先制しながら、後半FWドログバを投入し息を吹き返した相手に、19分、21分と立て続けに2点を許し敗戦。
 最終戦も後半2点目を失うと、相手にペースを握られ、巻き返すことなく計4失点を喫した。
 結果的にジーコ氏の言葉がそのまま成績に表れ、ザックジャパンは、奇しくもジーコジャパンと同じ1分2敗に終わった。

 大会を振り返り、選手たちが口を揃えてできなかったと話す「自分たちのサッカー」。
 おそらく一つの定義はなく、あいまいな言葉に思えるが、「パスをつないで相手を崩す」、「ボール保有率を高めてペースを掴む」などがキーワードに挙がるだろうか。少なくとも「攻撃的なサッカー」を意味することに間違いなさそうだ。
 しかしジーコ氏の言う通り、今大会でも失点に弱いメンタルはやはり露わになり、日本人は「失点しないサッカー」を目指すべきだったとの考えもある。
 確かに攻撃力への慢心や、守備戦術の準備不足はあっただろうが、必ずしも「失点しないサッカー」がふさわしいとは思わない。「攻撃的」でも1点取ることすら難しい現状で、「失点しないサッカー」ではよくて引き分け。上位進出のために、敗けるリスクを覚悟して勝ちを目指す姿勢が悪いわけではないだろう。

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 日本代表の3戦を観て不足していたと感じたのは、「自分たちのサッカー」が通用しないことへの予測と、劣勢を想定した準備だ。
 コートジボワール、ギリシャ、コロンビア。タイプの違う3チームに対し、常に一定のサッカーをして勝てるほど日本のサッカーはまだ成熟していない。今大会でそれがよくわかったはずだ。
 であれば事前に収集した相手の情報を基に、「自分たちのサッカー」で点が取れない時の、いわゆるプランB、Cを用意しておくべきだっただろう。少なくとも予選はどの国と対戦するか分かっていたのだから。親善試合で確認することだってできたはずだ。

 象徴的なのは2戦目。ギリシャは長い時間自陣にこもり、中央に固い守備網を形成していた。これに対し、日本はいつも通りに中盤で細かいパスを回し、ボールをキープしていたが、ゴール前のブロックを崩す手段とアイディアがなく、敵陣で時間を持て余していた。
 この状況に対応する準備がチームとしてもっとできていたなら、例えば中盤は速い縦パスでシンプルにボールを前線に運び、ドリブルで相手のブロックを崩すよう仕掛け、取られた後のケアを意識する。あるいはサイドの深い位置からもっとドリブルで仕掛け、中央の相手を外に連れ出して守備網を引きはがすなど、戦術や選手投入のバリエーションで得点のチャンスはもっと作れたはず。
 個人の力で劣勢を打開することが難しくても、予め通用しない場合を想定し、チームで準備できていれば、結果は違ったかもしれない。少なくとも試合終盤でロングボールを放り込む付け焼刃の戦術は取らなかっただろう。

 ブラジルはドイツに歴史的大敗を喫したとはいえベスト4。それでもメディアから擁護の声はまずなく、一斉に叩かれている。国民は未だに代表への不平や不満を酒の席のネタにし、なかったことにしたいとさえ願う。
 すでに次期監督や、選手の海外移籍がトップの話題になる日本とは、敗けたことへの温度差が随分とある。
 「王国」ブラジルでさえ、監督や選手以下代表に関わるすべての人々が、4年後のW杯では二の舞を避けたいと死にもの狂いで優勝をめざし、今から強化策を検討するだろう。
 今語られる日本代表の敗因分析は、確かにすべてが結果論だ。しかし日本代表強化のためには、マスコミを中心に、なぜ勝てなかったのかを追求する議論は避けて通れない。例えそれが、日本的な美徳や自分たちの利権にそぐわないものだとしてもだ。子どもを叱らない親がいるだろうか。成長を願う批判は大いにされるべきだと思う。

 少なくとも筆者は4年後、「敗けたけど感動をありがとう」と空港で温かくもてなされ、拍手や声援、そして無数の写メで迎えられる日本代表を見たくない。