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ブラジル通信
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[15]W杯ブラジル大会を陰で支える「日本」の力 ガラスルーフベンチ

 6月12日、いよいよ開幕したサッカーW杯ブラジル大会。ブラジル代表が勝利した開幕戦では西村雄一主審ら審判団が日本人で構成され話題になり、さらに同試合での際どいPKの判定は議論を呼んだ。
 日本代表以外で「日本」が目立つ試合となったが、この日他にも「日本」の力が試合を支えた。それはピッチ脇にある選手用のベンチだ。全12会場に設置された「ガラスルーフベンチ」は、実は旭硝子株式会社(AGC)が製作したものなのだ。

ベンチ

  AGCは2012年10月、国際サッカー連盟(FIFA)とAGC製品の提供に関するブランドライセンス契約を結び、これがきっかけでW杯向けのベンチ製作が決まった。しかし同社のベンチ製作は、昨年ブラジルで開催されたコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)からすでに始まっていた。
 コンフェデ杯のベンチは、FIFAとの契約締結直後の12年12月のプロジェクト発足から翌年6月15日の同杯開幕に合わせて、わずか半年間で製作。短期間での完成の裏側には、同社プロジェクトチームの苦労とドラマがあった。
 「これまでベンチは市販の物をぽんと置く存在だったのだと思います」。事業開拓室総括主幹の斉藤準一氏がそう話すように、FIFAからAGCに出された指示は、「高さが1・9メートル、幅が11・5メートルで奥行き1メートル、座席は23個」のみ。それ以外の機能や強度などに関する規格指示は一切なかった。「ものづくりの始まりは規格の決定から。でもそれが分からない。何を作ればいいかを考えるところからスタートしました」

 その後、何度も詳細にわたってFIFAとデザインをすり合わせ、2013年に入ってから製作に着手。2月末には試作品の社内内覧会が行われた。しかし最初の試作品は、石村社長が(フレームを見て)「まるで工場の手すり。恥をかくなら出さないほうがマシだ」と突き返す出来だったという。
 そもそもAGCは、工業製品や素材を専門に製作販売しているため、意匠的なデザインを追求する経験が少なかった。しかしベンチは全世界に中継され、FIFAからも洗練されたデザインが要求された。広報・IR室の坊田祐輔氏は、「ものづくりで、強度や耐久性などの機能と見た目の両立は容易ではなく、そこがチャレンジだった」と説明する。
3月中旬には2回目の内覧会が行われ、そこでも大きく設計を変更。試行錯誤を繰り返し、ようやくデザインが固められた。

 並行して2月中旬にはもう一つの大きな問題に直面する。現地視察で、ベンチの設置に大がかりな工事が必要だと分かったのだ。当初の想定では、ベンチは地上に置いてあり、簡単に外に運び出せる算段だった。ところがスタジアムによっては、地面を掘ってベンチを設置しているケースもあったのだ。
 AGCのプロジェクトメンバーは、ベンチを取り換えるにあたって現地の組織委員会の窓口を地道に探った。広報・IR室主席の吉田聡氏は、「それらしい人に片っ端から声をかけて、刑事のような作業でしたね」と振り返る。

 5月、FIFAが正式に設置方法を決め、その時にはブラジルへ部品を輸送し、組み立ても行われていた。完成までには「ブラジルらしく」工事スケジュールが変更になることもあったが、ブラジル在住の日本人が指揮を執り、段取りよく作業が進んだため、6会場すべてで期限内に完成できた。

 完成したベンチにはスマートフォンのカバーガラスが使われている。同ガラスは化学強化しているため、通常のガラスよりも格段に強度が優れる。さらに傷つきにくく、透明感があるため、観戦席からの視界の妨げも少ない。

 広報・IR室の高橋葵さんによれば、ベンチはコンフェデ杯で実際に使用した選手や監督から評価が高く、紆余曲折を経たデザインも、最終的にはグッドデザイン賞を受賞した。
 今年のW杯用のベンチは、コンフェデ杯時のものから更に一新。斉藤氏が「後悔するくらい高い目標を掲げた」と話すほど、進化を遂げているという。

 サッカーのTV中継やスタジアムで観戦中に、監督や控えの選手が座るベンチに気に留める人はほとんどいないだろう。しかし今年のW杯では、陰で大会を支える日本の技術に注目してみるのもいいだろう。

 

【筆者紹介】
夏目祐介
夏目祐介 YUSUKE NATSUME

1983年東京生まれ。早稲田大学、英国ローハンプトン大学院(スポーツ社会学)卒業。2009年ベネッセコーポレーション入社、2013年同退社。W杯のためすべてを捨ててブラジルへ。現在ブラジル邦字紙「サンパウロ新聞」記者。