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ブラジル通信
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[7]農業移民が懸けたサッカーへの夢 中沢教育スポーツセンター

 ブラジルには世界最大の日系社会がある。今年のW杯は、その100年以上の歴史の中で、日系社会が迎える最大規模のイベントであり、サンパウロ市や、予選会場となるレシフェ、ナタル、クイアバといった都市の日系団体は、各々できる範囲で日本人観戦者を援助しようと受け入れ態勢を整えつつある。しかしそもそもブラジルの日系社会で人気のあるスポーツは野球。サッカーに関心のある人は少ない。
 その中で、約50年前に農業移民としてブラジルへやってきて、バラの栽培で財を成した中沢宏一(以下、宏一)は違った。

中沢教育スポーツセンター

 昨年9月、私は宏一が運転する車に同乗して、サンパウロ市から北へ約70キロに位置する町アチバイアへ向かった。中沢スポーツ教育センター(以下中沢センター)は、この町でサッカー選手を育成、世界へ輩出している組織だ。
 中沢センターは16ヘクタールの敷地内に、フルコートのサッカーグラウンドを2面と80人収容の宿泊施設や食堂、プールを完備する。また同センターは場を提供するだけでなく、プロのコーチ陣、あるいはホペイロ(用具係)やマッサージ師に至るまで、プロクラブさながらのトレーニング環境を整え選手のレベルアップをサポートする。

 宏一が中沢センターを創設したのは20年前。当初は日本から高校のサッカー部を受け入れる留学施設だった。滞在期間中、留学生たちはブラジルの高校で勉強し、放課後は同センターでサッカーを学んだ。チームとして留学できるため、チーム全体の強化が可能だった。今や強豪となった栃木県の矢板中央高校や大分県の日本文理大学付属高校は19年前、中沢センターへの留学をきっかけに強化が進んだ代表的な例だという。
 その後同センターは、国内外問わず個人の選手を受け入れるトレーニング組織へと転換した。月ごとに規定の料金を支払えば、選手はプロ、アマチュアを問わず入ることができ、年齢制限もない。

 中沢センターの特徴は、プロクラブとしては活動せずリーグにも参戦していないが、所属チームがない選手やケガをしてリハビリ中の選手が、次のクラブを見つけるまでのトレーニングができることだ。中沢センターで一時トレーニングした選手が次のクラブへの移籍を決めると、移籍先からマージンも支払われる。
 中沢センター出身でブラジル代表にまで上り詰めた選手もいる。リオを本拠地とする名門ボタフォゴに所属するルーカス・マルケスは、16~17歳の時に同センターでトレーニングを積んでいた。

 そうした実績を積んで、今は中沢センターの経営は息子の太郎に引き継がれ、プロの育成クラブへの移行を計画中だ。
 第一歩として昨年末には学生からプロまで50人の選手をブラジル全土から選抜し、アジアのプロクラブへ売り込むプロジェクトを行った。
 1カ月間、同センターでトレーニングをした選手たちは、2チームに分かれて韓国とベトナムへ遠征。ベトナムでは6人がプロ契約を勝ち取り、太郎は「初回にしてはなかなかの結果が出た」と喜んだ。目下、同様のプランをアジア他国や日本とのつながりの中で、模索しているという。

 創設者の宏一は言う。「私は農業一筋で生きてきましたが、ブラジルで何かしらの“爪痕”を残したいと考えた。それがサッカーの施設だったのですよ。百姓がサッカーに懸けた夢ですね」。
 また太郎は「世界各国から若い選手を集め、『中沢育ち』の選手を、世界に輩出したい」と語る。ふたりの想いは、ブラジルを越えて世界へ向かっている。

 

【筆者紹介】
夏目祐介
夏目祐介 YUSUKE NATSUME

1983年東京生まれ。早稲田大学、英国ローハンプトン大学院(スポーツ社会学)卒業。2009年ベネッセコーポレーション入社、2013年同退社。W杯のためすべてを捨ててブラジルへ。現在ブラジル邦字紙「サンパウロ新聞」記者。