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ブラジル通信
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[5]「キング・オブ・トーキョー」アマラオがブラジルで見る夢

アマラオ サンパウロ市から西へ110kmほどに位置するオルトランジャ市。その中の閑静な高級住宅街に元Jリーガーが住んでいる。「はじめまして。元気?」と流暢な日本語で出迎えてくれたのは、アマラオ(本名=ワグネル・ペレイラ・カルドーソ)だ。
 アマラオは、日本での選手生活の大半を過ごしたFC東京(旧東京ガスサッカー部を含む)での功績をたたえられ、ブラジル人でありながら「キング・オブ・トーキョー」の愛称を持ち、退団し10年以上が経った今でも、サポーターやファンに親しまれる。

 取材当日はアマラオが自らシュラスコ(ブラジルのバーベキュー)をふるまって、当時まだおなかの中に長女がいた妻や、友人たちと共に中庭でパーティーが行われた。そんなフランクな雰囲気の中でアマラオが語ったこれからの夢がとても印象に残っている。

 母国に戻り水回り製品の会社を経営する傍ら、アマラオが叶えたい夢は、「夢の教室」をブラジルで定着させることだ。
 「夢の教室」とは、サッカーに限らずスポーツの分野でプロとして活躍する人や活躍していた人を講師(夢先生)に招き、小学校を訪問し、夢を持ち、努力する大切さを子どもたちに教える、JFA「こころのプロジェクト」の活動だ。アマラオはブラジルでの実施を正式にJFAから許可され、まずは幼少期の大半を過ごしたオルトランジャ市で定着させたいと考えている。
 「ブラジルの子どもたちはあまり夢を持たないし、そもそも貧困で夢を持てない子どもも多い。非行にも走りやすい」と話し、「日本と違い、ブラジルの学校は半日制のため放課後にたくさんの時間がある。夢の教室で人生の良いことも悪いことも伝えて、子どもの可能性を広げたい」とアマラオは語る。
 アマラオは自身の経験から、夢を持ち努力すれば報われることを知っている。
 アマラオの初訪日は1992年。当時26歳だった同氏は、ブラジルの下部リーグのチームから国内屈指の強豪パルメイラスにレンタルで加入したばかりだった。それでもブラジルでの順調なキャリアを目指さずに、プロリーグもなかった日本へ行ったのは、家族を助けるためだったという。
 「僕の家は裕福でなかったからね。ブラジルより給料をもらえる東京ガスを選んだよ」。
 今でこそ流暢な日本語を操るが、訪日当初は言葉も分からず、日本食も口に合わなかったという。それでもチームメートとは意識的に出かけた。さらに日本語がある程度理解できるようになると、練習後に学習塾へ通い、子どもに交じってひらがなとカタカナの読み書きを 覚えたという。アマラオ自身が努力で未来を切り開いた、まさに「夢先生」なのだ。
 「後悔は一つとしてないよ。最初はお金が目的だったけど、すぐに日本人と文化を尊敬して愛するようになった。僕は幸せだよ」。
 自らがサッカーのプロ監督になりたい、チームを作りたいではなく、サッカーでなくてもいいから、子どもたちの可能性を広げたいという発想が、アマラオらしいと筆者は感じた。
 アマラオの「夢の教室」への協賛企業は、以前サンパウロ新聞でも募集したが、思わしく進展はしていないという。それでも「まだこれから」と前を向くアマラオの夢が叶い、一人でも多くの子どもが「次の夢先生」になれるよう、これからも応援していきたい。

 

【筆者紹介】
夏目祐介夏目祐介 YUSUKE NATSUME

1983年東京生まれ。早稲田大学、英国ローハンプトン大学院(スポーツ社会学)卒業。2009年ベネッセコーポレーション入社、2013年同退社。W杯のためすべてを捨ててブラジルへ。現在ブラジル邦字紙「サンパウロ新聞」記者。