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ブラジル通信
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[1]「日本サッカー育成の草分け、セルジオ越後が明かす辛口解説の理由」

セルジオ越後ほめない。厳しい。怒っている。多くの視聴者にとって、サッカー解説者セルジオ越後の印象はこんな感じだろう。「辛口はおれのブランドだからね(笑)」と本人も認めるセルジオスタイル。その裏には何があるのか。

解説者として誰もが知る彼。でも、どのくらいの人が、セルジオが日本サッカーを草の根から支え続けてきた男だと知っているだろうか。
ブラジル人でありながら、セルジオは日本サッカー界に古くから貢献してきた人物である。セルジオは、18歳でブラジルの名門コリンチャンスと契約。いくつかのクラブを経て24歳で引退するが、27歳から当時プロのなかった日本でアマチュア選手生活を送っていた。その後は別のクラブで監督アシスタントなどを務めるも、不景気でチームが消滅。

「もうブラジルに帰ろうかなと思ってたよ」
という時に舞い込んだのが、「日本の子どもにサッカーを教えてくれないか」という打診だった。自身も「日本のサッカーには土台が足りない」と痛感していたセルジオは、1978年、日本サッカー協会公認のサッカー教室を立ち上げる。後のアクエリアスサッカークリニックだ。
「当時はサッカー雑誌もTVも情報がないからね、バット持ってサッカーをしに来る子どももいたよ」そんな時代の話。
その中でセルジオは全国すべての都道府県を自ら周り指導した。気づけば24年間。結果、指導した子どもの数は50万人を超えた。セルジオに教わり、セルジオが道を開いたプロ選手や監督も数多く生まれた。

現在サッカー評論家として活動するセルジオの厳しさの裏には、その当時から日本サッカーを見てきた、そんな人間ならではの強い想いがある。
「プロの解説者、評論家の仕事はほめることじゃないよ。伝えることなの。いい時はいい。でもダメなときはダメと言い切らないと」とセルジオは言う。
「日本の報道はちょっとおかしいよ。例えば欧州でプレーする日本人選手がベンチにいても、チームの中心みたいに見せる。ベンチにいるエースなんてあり得る? 聞こえのいい情報は、見たくない現実よりも売れてしまう。でも、みんながそうやってごまかしていたらだめね。選手もサポーターも成長しないよ」

監督にならない理由もここにあり、「現場に戻ることを考えたら、現場に配慮したコメントになるね。評論家は誰にも媚びちゃだめ。生意気と言われてもね」と話す。
セルジオスタイルの根っこにあるのは、「怒る、ほめない」ではない。「本当のことを言う」なのだ。

次回は、来日41年目。ブラジル人であるセルジオに、ブラジルと日本のサッカーの違いや、母国でのW杯について語ってもらおう。(次号に続く)

 

【筆者紹介】
夏目祐介夏目祐介 YUSUKE NATSUME

1983年東京生まれ。早稲田大学、英国ローハンプトン大学院(スポーツ社会学)卒業。2009年ベネッセコーポレーション入社、2013年同退社。W杯のためすべてを捨ててブラジルへ。現在ブラジル邦字紙「サンパウロ新聞」記者。