日本映画、疾走

映画ジャーナリスト/斉藤守彦
日本映画、崩壊」その後
(バックナンバー)

斉藤守彦
(さいとうもりひこ)

1961年、静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、映画ジャーナリスト/アナリストに。「INVITATION」誌ほか、現在多数のメディアで執筆中。映画業界内の多種のデータを検証し、その卓抜とした切り口・語り口が多くのファンに支持されている。

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WEBスペシャル連載コラム日本映画、崩壊
映画ジャーナリスト/
斉藤守彦

……ご心配なく。着実に進んでおります(後編)

最終回vol.45 2009年10月28日

 10月第3週週末は、10日からスタートした「カイジ 人生逆転ゲーム」が2週連続でトップの座をキープ。2位には幸福の科学製作によるアニメ映画 「仏陀再誕」が新登場。3位の「ワイルド・スピードMAX」は、都心部もさることながら、ローカルでの健闘が心強い。
 

 結局この国で映画を製作し、それを市場に出して大きな収益を得ようと思ったら、どこかで邦画大手と手を組まなければならない。逆の見方をすれば、邦画大手各社は、配給・興行を支配することで、流通をコントロールする立場にあるのだ。ではそうした邦画大手各社が、自らの手で映画を製作しているかと言えば、製作委員会に参加し、数パーセントの出資を行う(彼らはこれも「製作」と解釈している)場合がほとんどで、例えば全額自社出資の、いわゆるプロパー作品はこの12月に公開される松竹の「釣りバカ日誌10 ファイナル」を最後に滅亡する。また映画会社が委員会の中心である幹事会社を務める例は相変わらず少なく、映画会社が幹事会社を務めたとしても、興行的に成功した作品がほとんどないという有様だ。今年上半期の公開作品で映画会社が幹事会社を務めて興収20億円を超えたのは「劔岳・点の記」(興収25億円)のみ。

 いくら流通を支配したからといって、それがイコール・ヒット作を製作することが出来るのではない。他人が作った映画の値踏みはするくせに、いざ自分で作ってみたらダメだった。それが果たして映画のプロと言えるのだろうか? これだけテレビ局と組んでいるにも関わらず、彼らの持つノウハウを自分たちのものとして取り込み、使いこなすことが出来ない。それは単に電波メディアを持っているかいないかだけの差ではないだろう。僕が言う「メルトダウン」とは、こうした外部への依存度の高まりが、イコール映画会社が本来持つべきノウハウの減少と比例しているように見えるからだ。何が何でも自社プロパー作品を輩出しろというわけではない。テレビ局と手を組んで映画を作るのはけっこうだが、その時に相手の持つノウハウを吸収して、我がものにするぐらいのどん欲さがなくてどうするのだ、と言いたいのである。

 テレビ局や広告代理店の映画への製作出資は、相変わらず続いているが、さすがにそのすべてがヒットするという現象は見られなくなってきた。消費者とてちゃんと作品を吟味するのだから当然だろう。想定外の事態に陥った時、時折耳にするのが「売れ線の俳優に、ベストセラーの原作、テレビ局のスポット放映、シネコンを中心に据えたマーケティングと、ヒットするための要素をすべて網羅しているにもかかわらず、なぜ観客が来ないのだ?」というぼやきというか暴論だ。

 そうした要素を「ヒットの方程式」と「日本映画、崩壊」に書いたのは、確かに僕だ。ただ、それには大前提がある。映画を作ろうという人たちが、ビジネスとして金儲けをしようということは否定しない。しかし消費者は、観客は、出資企業の株価を上げるために映画を見るのではない。儲けたいのは、あくまであなたの勝手な思いであり、都合にすぎないわけだ。そこに何が必要なのかといえば、観客を楽しませる要素。つまり「ショーマン・シップ」だ。単に原作をそのまま映像にしました、テレビドラマの続きを映画にしましただけではダメなのだ。その映画を見ることによって、観客が、消費者がいかなる利益を得られるのか。そうした消費者の欲望を満足させて、はじめて営利を追求することが出来る。

 このことは映画ビジネスのみならず、出版やテレビなど、あらゆるコンテンツ・ビジネスに共通する。映画がヒットしても、テレビドラマの視聴率が良くても、「なぜそれが、そういう結果になったのか?」を、果たして当事者たちは、どれほど理解しているだろうか? 方程式通りの要素を並べて映画を作り、それで儲かるのならば、そんなに楽なビジネスはない。

 だから映画を出資する人、製作する立場にある人たちは、何よりも映画館へ行くべきなのだ。自分たちの作った映画が、どれだけの観客を得ているか。ただしこの場合重要なのは、館内にいる観客よりも、映画館の外にいる人たちのほうだ。有楽町マリオンのコンコースや新宿ピカデリーの前を歩いている人たちに、「僕はここで上映されている映画の製作に関係しているんですが、今からご覧になりませんか? なぜ僕の作った映画をやってるのに興味を持ってもらえないのですか?」とでも聞いてみれば良い。そこで拒絶される度合いが高いのならば、それは世間に求められていない映画を作ったということなのだ。出版社の社員は、書店の店先で自社の出版物を立ち読みした人が、なぜそれをレジに持っていかなかったのか、直接聞いてみるのが良いだろう。消費者の気持ちがストレートに伝わり、高い金を払って専門の業者にアンケート調査を依頼するよりも、確かな回答が実感として得られるというものだ。

 本来ならば、そうした役割を果たすのは、興行の現場にいる、映画館のスタッフたちだ。とりあえず上映している作品に関しては、観客がどういう反応を示したか。どれだけの観客が毎回入場しているか。そのうち何割の観客が満足しているか。そうしたことを、彼らは肌で感じて知っているはずだし、知っていなくてはならない立場だ(特にシネコンは、翌週のスクリーンの割り振りをするためには、観客動向を予測しなければならない)。

「事件は現場で起きているんだ!! 会議室じゃない!!」と、かの青島刑事も言っているように、映画ビジネスのあらゆる現象は、現場たる映画館で起こっているのだ。

 映画を直接作る立場にある制作関係者も、自作がどのような環境で、世間に受け入れられているか(あるいは拒絶されているか)は、肌で感じておく必要があるだろう。自分の演出が、狙い通りの効果を観客に与えているのか。あるいは自分の監督した作品を上映している映画館の前を、なぜ人々は素通りしていくのか。「僕の監督した映画ですが、見ていただけませんか?」と、直接聞いてみればいいだけのことだ(ただし、くれぐれも怪しい人と間違われないように)。時に現実はシビアな事実を突きつけてくるが、そうした人たちを映画館に来させよう、自作を見てもらおうと思うのならば、同じ土壌で努力を続けるしかない。

 お分かりだろうか?

 あらゆるノウハウの要素は、現場にこそ存在する。そしてそれは、吸収しようという野心を持つ者だけが得られるものなのだ。現場にいても、何も気づかないのであれば、まさに無用の長物。製作、配給、興行に携わる人たちが、それぞれの現場で掴んだノウハウを持ち寄り、さて次の時代、どのような映画を作ろうか。どのようなマーケティングを行おうか。あるいはどのような料金で、どのような興行を実施しようか。それを前向きに考えて実行すれば、映画産業は、必ずや現在より良い時代を迎えることが出来るだろう。

 健全な野心を持ち、どん欲な姿勢でノウハウを掴み、そして構築し成果を上げて行くことで、メルトダウンは、日本映画の崩壊は阻止することが出来ると、僕は信じている。

 必ず。

(斉藤守彦)

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